世界に広まる岡山の公民館(Kominkan)



帝京大学 大学院公衆衛生学研究科 保健医療政策・国際保健学分野
教授 山本秀樹

<はじめに>
 2014年10月9-11日に、岡山市でUNESCO(国際連合教育科学文化機関)の会議”Kominkan - Community Learning Center (CLC) International Conference on Education for Sustainable Development (ESD)~Community Based Human Development for Sustainable Society” 「ユネスコ公民館-CLC会議(通称)」が開催された。この会議には世界各国から700人が参加して、岡山市内の公民館を視察し、各国でこれからの地域に根ざした持続可能な開発(社会作り)のためのあり方について議論が行われ、成果文書「岡山コミットメント2014」が作成された。(資料:山陽新聞記事参照)  本日は、なぜ岡山の公民館が世界に注目されるようになったのか?わが国の公衆衛生・保健医療と公民館との関わりについて話を進めてゆく。

<公民館の歴史>
 公民館の歴史は意外に新しく、第二次大戦後の昭和21年7月に「文部省次官通牒」として「公民館」を全国に設置することが発令された。その「公民館構想」を作ったのが当時の社会教育課長である寺中作雄であった。(寺中は兵庫県出身で旧制第六高校から東京帝国大学に進み、文部省に入省し社会教育課長を経て、後に社会教育局長、国立競技場の理事長を務めた。)本年、2016年は正に公民館構想70周年という記念すべき年である。

<第二次大戦後の復興と公民館>
 日本の農村には「公会堂」等の集落の「集会所」が第二次大戦前から存在した。第二次大戦後、新憲法の制定等、GHQにより民主教育の推進が求められた。教育改革により学校教育は一新されたが、大人(社会人)に対する民主教育という課題が残った。第二次大戦中に地域社会の団体である、商工団体、青年団、婦人会、町内会に至るまで、国家総動員法の下で戦時体制の一翼を担うようになった反省から、社会人を対象とする民主主義教育が求められた。そして、寺中構想に基づき、GHQ占領下の日本政府によって昭和24年(1949年)に社会教育法が制定され、市町村に公民館を設置することが定められた。その後、各地に公民館が設置され全国で約2万館が設置され、地域の発展に貢献した。

<公民館の発展と公衆衛生・保健医療>
 わが国は、第2次大戦後、感染症対策、高血圧に取組み平均寿命が世界一になった。地域の医師、国民皆保険制度等の「公助」が果たしてきた役割も重要であるが、地域の保健所の保健婦、食生活改善推進委員、栄養委員、愛育委員らの住民による「共助」も大きかった。地域社会では公民館が健康診断の場や栄養指導、学習に活用された。

<世界に広がる公民館>
 UNESCOバンコク事務所は、大安喜一専門官(現:岡山大学グローバルパートナーズセンター教授)らにより1990年代初期に東南アジア各地に識字教育を中心に日本の公民館をモデルにした CLC (Community Learning Center)をアジア各地(タイ、インドネシア他)に広めた。CLCは識字、生計向上等の地域の学びの場として定着した。岡山会議を経て、アジアから世界各地へ広がりつつある。

<岡山市と岡山大学の取組>
 2002年のヨハネスブルクサミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)に、岡山市(当時の萩原市長)は代表を送った。岡山市は公民館を強化し、37中学校区に公民館を設置し正規職員(社会教育主事)を配置し、「持続可能な開発のための教育(ESD: Education for Sustainable Development)」について京山地区をはじめ、各公民館で地域ぐるみで取り組んだ。2005年に岡山市はESDの世界7つのモデル地域の一つとなった。岡山大学に大学院環境学研究科が設立され、教育研究の柱としてESDを取り入れ、2007年UNESCOチェアプログラムに認証された。同年、岡山県で全国生涯学習フェスティバルが開催され、岡山大学が「Kominkan サミット」を主催した。これらの取組を通じて、岡山市は先進地として国際的に評価されるようになった。日本政府(文科省)も、2014年に開催されるユネスコ世界会議の開催地として岡山を選んだ。海外からの参加者から、会議以上に公民館での地域住民らの「おもてなし」が高く評価された。

<今後の課題>
 わが国は少子高齢化が進んでいるが、都道府県別平均寿命が最長である長野県が注目を集めている。諸説あるが、長野県は全国平均の約4倍の公民館があり、地域社会における住民の社会参加、ソーシャル。キャピタル(社会関係資本)が要因と考えられている。PPK(ピンピンコロリ)運動も長野の公民館で始まった歴史もあり、高齢化社会に必要な社会資源である。一方で、特に東京23区をはじめとした都市部では「公民館」のないところもあり、公民館への理解が進んでない現状もある。現在、「地域包括ケア」の重要性が求められているが、住民が主体的に地域課題について学び住民同士が繋がる場として公民館の役割は貴重である。東日本大震災等の災害時に、避難所として利用され、地域復興の拠点として活用されている

<まとめ>
 保健医療職も、地域社会・公民館について関心を持つことが必要である。公民館は世界に広がっているが、第六高等学校の卒業生である寺中氏の構想から始まった公民館の理念が、第2次大戦後の平和な社会を創造するための学びであり、ユネスコ、新制岡山大学と共通していることを岡山大学の卒業生として知っておきたい。


<参考文献>
Education for Sustainable Development(ESD) and Kominkan/Community Learning Centre(CLC), Okayama University UNESCO Chair Program, Okayama University Press, 2013
PPK(ピンピンコロリ)のすすめ、水野肇・青山英康著、紀伊國屋書店、1998年
ソーシャル・キャピタル入門、稲葉陽二著、中公新書、2011年
山本秀樹:健康福祉問題等人々の生活向上の課題と公民館事業の可能性―公衆衛生・地域医療等の国際的動向と実践にかかわって、日本公民館学会誌、10(1)、60-68、2013